山田かまちってどんな人?死因と水彩画や詩などの名言や作品はどこで見れる?

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最近テレビ番組でも山田かまちさんが紹介されたことで、その生い立ちが話題になっていますね。

そもそも山田かまちさんってどんな人なのかというのもが気になるのではないでしょうか?

今回は山田かまちさんや、その作品などについても調べてみました!

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山田かまちってどんな人?

山田かまちという名前、世間ではあまり聞き慣れないのではないかと思います。

この方は1960年に生まれ、17歳というあまりにも若い死を遂げてしまった1977年までに数々の詩や作品を残していた方です。

「かまち」という珍しい名前の由来は、終戦直後に両親が読んだ歴史小説、和島誠一著「日本歴史物語」の主人公の名前からつけられたそうで、

名前がひらがなである理由は「かまち自身が自由に漢字をあてられるように」ということなんだそう。

山田かまちさんは小さいことから絵や音楽が得意で、様々な作品を残しているんですね。

その腕前は「天才」とまで言われるほどで、学生の頃冬休みの宿題で動物の絵(約30枚)を1時間あまりで書き上げたという逸話が残っています。

しかも、その頃山田かまちさんは小学3年生だったそうです。将来は天才画家になるだろうという期待もあったみたいですね。

中学ではロックバンドに憧れ、同級生の氷室京介さんや松井恒松さんともバンドを組み、演奏していたそうです。

しかし、その後山田かまちさんは弱冠17歳にしてこの世を去ってしまったのです。

山田かまちさんが亡くなった後、それまでに残された作品は保管され、今でもその生涯を語り継がれているということなんですね。

しかし、なぜ17歳という若さで亡くなってしまったのでしょうか。

死因は?

山田かまちさんが突然この世を去ってしまった原因は実は彼が音楽に興味をもったことだったのです。

山田かまちさんが好きだった音楽というのが当時流行っていたビートルズなどのいわゆるロックバンドと言われるもので、

その中でも山田かまちさんはエレキギターが大好きだったそう。

バンドを組んでからは毎日のように家でギターの練習をしていたそうなのですが、その練習中に感電死をしてしまったという事なのです。

エレキギターを鳴らす際はアンプという音を響かせる機材を使うのですが、そのアンプを動かすのには高電圧の電源が必要だったのです。

アンプやギター自体は触れても感電はしない構造なのですが、

山田かまちさんはその電源の差し込む歳に直接電流の流れる部分に触ってしまったのか、感電してしまったという事なのです。

不慮の事故という悲しい死因ではありますが、それまでに残した多くの作品があったからこそ、今でも彼の存在は多くの人に語り継がれています。

どんな作品?展示はしてる?

生前の山田かまちさんが遺した作品、どのようなものなのでしょうか?

山田かまちさんの作品について、彼をよく知る精神科医のなだいなださんは

暗闇の中に浮かぶ小舟のように孤独な一七歳の心に、かまちの作品はメッセージを投げかけるのだ。強烈な閃光を

このようにコメントを残しています。

それでは山田かまちさんの作品をみてみましょう。

山田かまちさんが描いた絵画のなかでも代表的なものがこちら

写実的な絵画ではないですが、色遣いや輪郭の具合から何かメッセージのようなものを感じないでしょうか?

普通の中高生がこのようなタッチや色使いで絵を描くでしょうか?

山田かまちさんの個性がさらに出ている絵もありました

ただ何も考えず雑に描いたとは思えないですよね。

何か強い想いがあって、それを伝えるメッセージとして描かれたような雰囲気を醸し出しています。

いずれにしてもこういった作品は山田かまちさんのベッドの下から見つかったという事で現在も保管、展示されています。

山田かまちさんの作品が展示されているのは群馬県高崎市にある「高崎市山田かまち美術館

という美術館です。

この作品をみて気になった方はぜひこの山田かまち美術館へ足を運んでみてはいかがでしょうか?

まとめ

いかがだったでしょうか?

若くして天才と言われた山田かまちさんが伝えたかったメッセージとは何だったのか、今でもそれははっきりとはしていません。

ですが、これを見て何かを感じる人は必ずいると思いますので、ぜひ他の作品もチェックしてみてください。

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